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進徳館 (鯖江藩) : ミニ英和和英辞書
進徳館 (鯖江藩)[しんとくかん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やかた, かん, たて, たち]
 【名詞】 1. (1) mansion 2. small castle 3. (2) boat cabin
: [さば]
 (n) mackerel
: [こう, え, ごう]
 【名詞】 1. inlet 2. bay 
: [はん]
  1. (n,n-suf) fiefdom 2. domain (precursor to current prefectures) 

進徳館 (鯖江藩) : ウィキペディア日本語版
進徳館 (鯖江藩)[しんとくかん]
進徳館(しんとくかん)は、越前国鯖江藩藩校
== 歴史 ==
江戸時代鯖江藩では第5代藩主・間部詮熙の時代から、教育に力が注がれ始めた〔「進徳館 」『福井県史 通史編4 近世2 』より(2015年2月4日閲覧)。〕。天明6年(1786年)に藩主となった詮熙は、自らが好む武芸学問を藩内に奨励〔鯖江市鯖江藩 」より(2012年2月3日更新、2015年2月4日閲覧)。〕。天明8年(1788年)に京都から儒者芥川元澄は思堂)を招き、藩士らの教育を任せた〔〔鯖江市「先人を偲ぶ 芥川元澄 」より(2011年7月26日更新、2015年2月4日閲覧)。〕。詮熙の長子にして第6代藩主・間部詮允もまた教育に尽力〔。文化10年(1813年)に稽古場(御稽古所、後の「惜陰堂」)を江戸藩邸(三田小山邸)に設けたのに続き、文化11年(1814年)には鯖江の中小路にも稽古場を設けた〔〔。その稽古場は天保13年(1842年)、詮熙のにして第7代藩主・間部詮勝によって「進徳館」に改名された〔〔。
明治5年(1872年)、学制の頒布に伴い進徳館に惜陰小学校が創設〔鯖江市惜陰小学校「学校の歴史 」より(2015年2月4日閲覧)。〕。同校は1900年(明治33年)になって現在の場所に移転したが、「進徳館」の名は惜陰小学校の教育研究室(1973年3月落成)の名として残っているほか、1988年昭和63年)には惜陰小学校から分割される形で進徳小学校が設立されている〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「進徳館 (鯖江藩)」の詳細全文を読む




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